どんな話題?

第二次世界大戦中、アリゾナの捕虜収容所からドイツ兵が脱走!その逃走劇はなんともドタバタだったようです。1945年、脱走兵のひとり、ワッテンベルクはフェニックスにたどり着き、わずかな金で食事をし、ホテルで一夜を明かそうとします。しかし、不審なアクセントが災いし、清掃員に通報されあっさり御用。まるで間抜けなコメディのようですね。
ネットでは、「ホーガンズ・ヒーローズ」のドイツ版みたい!なんて声も。また、ミネソタではドイツ兵捕虜が農場で働かされ、戦後も帰りたがらなかったという話も。捕虜も人間、温かい食事と理解ある人々がいれば、故郷よりも居心地が良かったのかも。
実は私も子供の頃、近所の空き地で不思議な石を見つけました。表面にはドイツ語らしき文字が…。もしかしたら、脱走兵が残した秘密のメッセージだったのかも…?(いや、ただの落書きでしょうね、きっと)。
1944年、25人のドイツ人捕虜がフェニックスの収容所からカヤックで脱走を試みたが、メキシコへ向かうはずのヒラ川がアリゾナ砂漠で完全に干上がっていたという、間抜けな結末を迎えた。
みんなの反応
4日後、1945年1月27日、ワッテンベルクは身なりを整え、フェニックスまでハイキングした。彼は75セント持っていたが、そのほとんどをレストランでの食事に使った。ホテルのロビーの椅子で数時間眠り、その後、夜の街を歩き回った。歩いている途中で、清掃作業員に道を聞いた。清掃員はワッテンベルクのアクセントが怪しいと思い、警察に通報し、翌朝9時までにワッテンベルクは逮捕されたとのこと。
ギラ川の岸辺に25人乗りのカヤックが打ち上げられているのを見つけた時の我々の驚きを想像してみてくれ。
(ドイツ語で困惑)
デスバレーのドイツ人遭難事件を解決した人が正しく推測したことと大差ないな。彼らの場合、ハイカーの車が故障し、彼らは中国湖海軍航空基地を目指した。そこは厳重に警備され、人が配置されていて救助されると思っていた。しかし、実際は不毛な砂漠が広がっているだけだと気づかなかったんだ。
面白い話だ。
あいつら、浮き輪をいくつか手に入れて、ビールをたくさん積んでソルトリバーに飛び込むべきだったんだよ。少なくとも少しは楽しめたはずだ。もしかしたらおっぱいも見れたかもな。
カナダのキャンプもかなり緩かったらしいな。捕虜が近隣のコミュニティでの仕事に出入りしていたり。狩りに行けるようにライフルを持つことさえ許されていたんだって。戦後、多くの人がカナダに移住したそうだ。
ナチスはそれが来るとは思っていなかったんだな
これを基にしたドイツ版「Hogan’s Heroes」を作るべきだったんじゃないか、最初の episode はこれに基づいてさ。
The Memory Palace podcast に、これに関する素晴らしい回があったよ。
私のおばあちゃんが言ってたんだけど、40年代にミネソタにドイツ人捕虜がいたんだって。彼らは農場で働かされていた。当時、ドイツ系の人がたくさんいたから、捕虜は歓迎されてはいなかったかもしれないけど、少なくとも三度の食事と寝床があり、彼らの言葉を話す人がいた。戦争が終わった後も、帰りたくないと思っていた人も多かったそうだ。
乾いた川は、オーストラリア人がボート遊びをするのを止めることはできない。
なんでドイツ人捕虜をわざわざアリゾナまで輸送したんだ?
ナチスはそれが来るとは思っていなかったんだな
そしてドイツ人たちはカヤックでオーストラリアへ行ったんだ。



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